太田:今みなさんにIntelligentPadとの出会いを話していただきましたが、どうも共通しているのは知識や情報をハンドリングするツールとしてのIPの性格ですね。
宮脇:モノづくりって、そのプロセスが一番重要なんですよね。プロセスこそが知識だと言っても過言ではないと思います。IPの編集的な面はすごく重要ですよね。
太田:知識を今の言葉で言いかえるとコンテンツなのかもしれませんが、そのコンテンツをつないでいるものが問題ですね。それが岡本さんがおっしゃった“空間”なのかもしれないし、“場所”や“世界”なのかもしれない。教育現場などでコンテンツ流通の仕組みができつつありますが、コンテンツは単に編集可能な単位に小分けにするだけでなく、実は場のルールや役割分担をきちんと作っていくことが必要です。編集工学研究所ではこれを場のルール・ロール・ツールなんて3点セットで「ルル3錠」なんて呼んでますけど(笑)。IntelligentPadがどこまで場のルールやロールを支えるのに適しているのでしょうか。
町田:多摩美術大学の学生にIntelligentPadのワークショップに参加してもらったときに興味を惹かれたのは、デザイン系の学生がする議論の内容が、普通の人とは全然違うということでした。特に情報整理の方法に驚かされた。議論の中には、彼らだけに通用する暗黙のルールがあって、それが逆に議論を成り立たせているようなところがある。何らかの制約のようなものが、逆にその場を盛り上げる役割を果たしている。
宮脇:私にIntelligentPadを紹介した担当者は、IPの持つ“紙らしさ”を活かしたいということを言っていました。紙は鉛筆で何でも書けるし、切ることも貼ることも折ることもできる。一見自由なようでいて、実は大きさが決まっているからはみ出して書くわけにはいかない。ある種の制約の上に自由が保障されているんですね。この制約をどう考えるのか重要ですよね。
田中:制約が何かを生む時にドライブとして働いていることは間違いない。グループやコミュニティなどの限られたメンバーの中で利用できるローカル・ツールとでもいうべきものが必要なんでしょうね。ツールが組み替えしてグループに適した形にできると便利ですが、IntelligentPadはその可能性を秘めていますよね。
岡本:意味や知識がどこにあるかというと、キャッチボールのように関係ややりとりのなかにある。ではその関係をどこで表現できるかというと、それは場なんじゃないかと思います。その場では、キャッチボールの時のボールに相当するような動くものが欲しくなる。趣味の話かもしれないし、お金かもしれないし、動画かもしれない。それを交換可能な形に置きかえてしまうということが、IPの良いところですよね。
 

 

やり取りを重ねているうちにいいアイデアがたくさん浮かんでくる。それを潰さないのがIPのいいところ・・・けど予算と工数にはいつもヒヤヒヤです。……太田



IntelligentPadもまだまだ改良すべき点がたくさんありますね。でもそういうのをこなすのも、楽しみの一つです……田中



太田:デジタルの世界でキャッチボールをできるような“場”にあたるものは何でしょうか。チャットというのは、テキストを交換するために一時的にあらわれた仮想的な場です。IntelligentPadにもこうした場はあると思いますが、それが何なのか、チャットとどこが違うのか。そのあたりを探るために、IPをネット上で共有できるPiazzaについて振り返ってみたいと思います。Piazzaは“場”としてはわかりやすいものでしたが、果たして場として成り立っていたでしょうか。


【Piazza(ピアッツァ)】
ネットワーク上で、IntelligentPadによって作られた作品の配布や売買、自由なコミュニティ活動などの双方向コミュニケーションを行うために作られたIntelligentPadの仕組み。



宮脇:例えば自動車についての情報共有を考えてみると、ある車の購入希望者や購入者は、その車の不具合情報や使い勝手などを共有するメーリングリストや掲示板に集まってくる。その情報がテキストで表現できるうちはいいけど、テキストではお手上げだ、ということになったときには、Piazzaのような仕組みが威力を発揮するでしょうね。
町田:それでもあまり活用されなかったところをみると、参加する企業や個人に共通の目的がなかったのかもしれませんね。宮脇さんの話でいうと、特定の自動車の話題を共有したい、といったわかりやすい目的ですね。場で扱われる情報にも、何らかの制限がかかることが必要なのかもしれません。先ほど少し話した多摩美術大学の学生は、実際にいくつかのサンプル制作もしました。作業時間が短時間だったので完成度はそれほどではなかったんですが、学生たちのあるグループは、情報を載せるカードの角に三角形のステータスマークをつけた。情報に応じてカードのステータスがかわると、それにつれて色も随時変わるというようなものでしたが、それが彼らのコミュニケーションを支えていたように思います。IntelligentPadの技術的な完成度よりもその“三角パッド”のほうが、彼らのコミュニティには大事なわけですね。それに対してPiazzaは、ある程度汎用的な性格のものでしたから、盛り上がりに欠けたのではないかと思います。
太田:「編集の国ISIS」をやっていたときに、ユーザの知財評価やユーザランキングの仕組みについての議論をよくしましたが、汎用的な仕組みはなかなか使えなかった。決められたメンバーや決められた空間の中でのルールなどへの対応が求められる時は、汎用的なものはどうしても弱いですよね。
田中:技術的には汎用的でもよいのかもしれませんよ。汎用的なものも、限られた場で使えるようにカスタマイズできるようになっていればいいんだと思います。
太田:私もそこに突破口があるような気がしています。IntelligentPadも汎用的でありながら、使う側がルールやロールをカスタマイズできるようになっている。でも使う側がそこまでカスタマイズするのは、実際はかなり大変なことですよね。IP自体にも制約がありますが、その制約が使う側のカスタマイズにうまく作用しているのでしょうか。
町田:再び多摩美術大学の学生の例で考えてみたいのですが、彼らはクリエイターという性格上、IPのコンセプトに乗りやすい。逆に一般の人が同じようにIPを使いこなせるのかといわれると、ちょっと疑問ですね。
宮脇:学生たちが、IntelligentPadの制約を活かした発想をするタイプだったのか、それともたまたまそういう発想をする学生が集まったのかはわかりませんね。
町田:学生たちの議論はそれなりに折り合いがついているんですよね。はじめ彼らは、IPのそれぞれが凹凸になっていて、それを組合わさることによってつなぎ目がきれいに消えるというプログラマー泣かせのオーダーを持っていた(笑)。それが最終的に三角マークで色がつくみたいになった。それが彼らの“折り合い”だったわけです。
宮脇:もしくは、そういう制約を楽しんでいたのかもしれない(笑)。
岡本:やはりあの学生たちは、自分たちのやりたいことがまずあって、それをうまく部品や道具に置き換えられたんですね。これからのIntelligentPadは、自分がやりたいことを道具に置き換えられるようなさらにプリミティブなツールか、あるいはやりたいことに応じたモデルなどがあらかじめ用意されていて、そのモデルに応じて適切な道具立てが取りだせるといった、もう少しメタレベルの環境も用意していかなければならないでしょうね。
太田:編集工学研究所では、IntelligentPadをつかったシステム以外にもいくつかのシステムを作ってますが、IP以外のシステム開発では意外と融通というか無理が利かないんですよね。システムの担当者との間である程度議論がまとまると仕様が凍結されて、システムを作る側はそれを拠り所にしてシステムを組み上げる。仕上がった段階で「ちょっとここをこうしてほしい」なんてオーダーを出しても、「いや、仕様ではこうなってますから」となる(笑)。MIYAKOにしても他のものにしても、IPが開発ツールだった場合は、最終的な局面でもなんとかしてもらうことができた(笑)。開発チームもこういう進め方が面白いのか、オーダーを1出すと余分なモノを加えて3ぐらいになってでてくる。うちでも「そこまでできるならこれも」ってな具合で5にして返す。そうすると7ぐらいになってもどってきて、最終的には10ぐらいになってることもある(笑)。で結局、「太田さん、工数オーバーですよ」と言われることもしばしば(笑)。でも、こういう議論と組み立てがある程度並行して進めることができる点は、IntelligentPadのウリの1つですよね。
田中:システムを発注する側にとっては、どんなイメージになるのか、どんな動きになるのかを早い段階で見ることができるのは効果的ですね。