任都栗 新(東京学芸大学)
---「日本語教育でのIPの可能性」---


「先生、この結合どうするんでしたっけ」。今日もこの調子じゃあ、 帰るのは12時だな。

去年の4月、本格的にIPを使ったマルチメディア日本語教材を作 るため、現在の研究室を準備し、学生たちと活動を始めて、私の生活はかなり 変わった。これはきっとIPの魔術なのだろう。

私がIPと出会ったのはもう3年ほど前になる。日本語教育でのパ ソコンを使ったマルチメディア教材の可能性を研究しよう、という科研費の メンバーだった私は、他のメンバーとともに、北海道釧路高専の野口先生が 作られた滑車の教材のビデオを見ていた。これが日本語教育に何の関係があ るんだ、と思いながら、漠然と見ていた私は「滑車をこの位置にすると、こ こにかかる力はこのように変わります」という野口先生の説明に目がさめた。 なんと一枚の滑車を画面上で動かすと、その滑車にかかっていた紐も動き全体 にかかる重さが変わるではないか。さらに画面の他の所に置いてあった滑車を、 あたかも実物を手で付け加えるようにマウスで動かし、滑車全体の中に持って くる。その当時、ハイパーカードで日本語の助詞の練習をさせる教材を作りた いと思い、そしてインタラクティブという言葉の限界を感じていた私は、その 時IPの魔術にかかってしまったようだ。

「日本語教育」というより語学教育は、今新たな時代に入ろうとして いる。昔、私たちが経験した英語教育は、GTMと言われる文法に基づいた (グラマー)訳読を中心とする(トランスレート)教授法(メソッド)であった。 この方法は、特に言語で情報を得ようとする場合効果がある。しかし戦後、特 にアメリカを中心としてコミュニケーションを重視した教授法が求められるよ うになってくる。それは交通機関の発達により、人々の行き来が盛んとなり、 情報の交換が文字から音声に変わってきたからであろう。またテープレコーダー、 映写機などの技術によるところも強い。それまで、言語教育の教材といえば、 書かれたもの、つまりテキストしかなかった。しかしテープレコーダーにより、 母語話者の声を聞き、映写機によりその表情、しぐさ等を見ながらの学習が可能 となったわけである。学校での英語の時間の勉強では、いつまでたっても映画を 字幕無しで見ることはできない、というのを言い分けに英語の予習をさぼったの は、あながち言語教育の流れからはズレていなかったのかも知れない。しかしこ の新たな教育機器を用いた教授法、オーラルメソッドにしても、コミュニカテイ ブメソッドにしても、到底現地で生活を通した言語学習の教育効果と、比較する ことはできない。それは生活を通しての言語学習が、トライアンドエラーを繰り 返すことができ、また能動的であるからである。IPは、まさにそうした学習環境 を擬似的に作ってくれるものである。

この1年、なんとか自分の思う次の時代の言語教育、つまりトライア ンドエラーを能動的に疑似体験しながら学ぶマルチメディア学習環境を作るため、 学生たちとともにIPの上で格闘してきた。実は明日、文化庁の日本語教育研究協議 会でその一部を発表することになっている。ビデオを撮ればいいんだよと軽く考え、 デジタル化して初めて三脚が必要だということに気付いたり、同じような形なのに 入らないメモリーに苛々したり、動画データのコンバートソフトがうまく動かず、 何度もやり直したこと、マッキントッシュで作った.movファイルをウィンドウマシ ンに持ってくるときのMDの遅さに辟易したことなどが結構楽しい思い出になって いる。

そう言えば、一番変わったのは学生たちかも知れない。パソコンは分 からないけど面白そうだからお手伝いだけします、と言っていた彼女も、今で は他の学生に操作方法を教えている。こんなことをしたい、と思ったとき、た ぶんこのパッドとこのパッドをこうすればできるんじゃないかな、という気持 ちにさせてくるれるIPは、私たち人間とコンピュータの会話を教えてくれる新 しい言語教授法なのだろう。

現在日本語は、アジアをはじめ実に多くの国で学ばれている。アメリ カやカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア等の国では、 大学のみならず高校や中学校での外国語教育の選択肢に日本語を入れている。 日本語を学ぶため、大学の社会人クラスに通うビジネスマンも多い。日本から の観光客のために、語学学校で日本語を学ぶ人、趣味で日本語を学ぶ人。そう した人たち、そしてもちろん日本に来て日本語を学ぶ人たちが、学生の作った IP日本語教材を使い、これまでの言語学習にはない日本語学習の楽しさを感じ てくれる日を、なんとか早く実現したいと思っている。そのために、すみませ ん、日立ソフトの皆さん、もう少し私たちのわがままに付き合ってください。 これからもいきなりメールで質問したり、10時過ぎにノートパソコンを抱え て裏口からおじゃましたり、「どうしてこんなことができないの」と迫ったり もするかも知れません。彼らも普段はおとなしくて、おしとやかなんです。 横国にいらしたときはおいしいコーヒーを出すよう、指導いたします。                              
                             以上


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